viernes, 25 de abril de 2008

栗ちゃんの報告書!

       2008 アルゼンチンボランティア報告書
                         経済学部経済学科4年 栗原俊太
 上智大生10人を含む学生計15人、スタッフ含め総勢18人の私たちのグループは2008年2月13日から現地日付3月3日までアルゼンチンに行ってきました。主たる目的は現地の村でのボランティア、老人ホーム訪問、日系人との交流、首都ブエノスアイレスでの観光などです。
 前年の11月にメンバーが決まり、日本で何回ものミーティングを重ね準備をしました。大まかなプランは決まっているものの、ボランティアの中身などは学生が主体となって話し合い、形作っていきました。アルゼンチンという未知の場所での活動に不安と期待を入り混じらせながら私たちは日本を出発しました。
 成田からアメリカのヒューストンまで約12時間、アメリカでの乗り継ぎに8時間、そしてヒューストンからブエノスアイレスまで約12時間という過酷な移動を経て、アルゼンチンに到着しました。冬の日本から真夏のアルゼンチンへの環境の変化にとまどいながら、ブエノスアイレスでの一泊を経て、バスでSanta Fe州のVera y Pintadoという村へ向かいました。
 私たちがまず驚いたのは村の人々の熱烈な歓迎です。Welcome partyを始めとして、村全体で私たちを迎え入れてくれました。村の人々の歓迎に心を打たれながら、現地で合流したアルゼンチン人のセルヴィ・エヴァンジェリーの宣教師たちと共に私たちのボランティア活動がスタートしました。
ここからは大まかな村における私たちの活動を紹介します。まずこのボランティアを主催したのがカトリックの宣教師たちということもあり、朝と夕方には自由参加の朝の祈りとミサがありました。学生たちは今までミサに参加したことがない者がほとんどで、とても興味をもって参加している学生もいました。また多くの村人たちも熱心にミサや司祭がいないとき行われるみ言葉の典礼に参加していました。朝の祈りが終わると今度は家庭訪問に向かいます。これはいくつかの少人数グループに分かれて村の家庭を訪問するというものです。村の人々はとてもフレンドリーで、多くの人が私たちを温かく家に迎えてくれました。アルゼンチンの伝統的なお茶であるマテ茶を飲みながら、何時間も話に花を咲かせることもありました。家庭訪問が終わると昼食を取り、昼休みに入ります。真夏のアルゼンチンの真昼の日光はとても強く、1時から4時くらいまで皆家で休みます。もちろんお店も閉まります。この慣行はシエスタと呼ばれています。少し涼しくなってくる5時くらいからは、子供たちと遊びました。15歳前後の男の子たちとは毎日サッカーをしました。時間になるまでひたすらサッカーに毎日明け暮れていました。女の子たちや小さい子供たちとは折り紙・お手玉・絵・風船・バレーボール・習字・歌などで遊びました。その後は夕食を取り、夜は村の若者と文化交流をしたり、フェスティバルをして歌ったり踊ったりと濃密な時間を過ごしました。この他にも違う村へ行ったり、村の人たちと一緒に湖にピクニックへ行ったりと様々な経験をしました。私たちがブエノスアイレスに帰る時は村人総出で見送ってくれるなど、村の人の温かさに常に触れられた10日間でした。
個人的なことですが、村での活動の中でとても印象的なことが一つあったので紹介したいと思います。それはMatiasという親友が出来たことです。彼は17歳の高校生で、サッカーを通じて知り合いになりました。サッカーだけでなく、湖で一緒に遊んだり、彼の家で夕飯をごちそうになったり、くだらない話で盛り上がったりなどいつも行動を共にしていました。私はスペイン語がほとんど喋れないので、つたない英語やジェスチャー、英語が出来る宣教師に通訳を頼むなどしてコミュニケーションをとっていました。私にも分かるように一生懸命英語で説明してくれたり、いつも「Kuri、一緒にやろうよ」と声をかけてくれたりと、とても優しい男です。まさか地球の裏側に親友ができるなんて夢にも思っていなかったです。彼とは今でもメールで連絡を取っています。現実問題としてもう一回彼と会うことに色々な障害があることは分かっています。しかし私は必ず再会を果たすことを強く心に誓っています。
ブエノスアイレスに戻った私たちは在アルゼンチン日本人が利用している老人ホームを訪問し、日系人との交流を行いました。前者では遠い昔に沖縄からアルゼンチンに移住してきた方が三味線の音色を聞いて涙を流していました。それがとても印象に残っています。彼は遠い異国の地で故郷を思い、何を感じていたのでしょうか。私たちは最後に童謡の「故郷」を歌い老人ホームを後にしました。後者の日系人との交流は老若男女の日系人の方々と話をし、ご馳走になりました。彼らも私たちをとても暖かく受け入れ、トバというアルゼンチン北部の原住民が作っている陶器のプレゼントまでしてくれました。最後に一緒に踊ったり、歌ったりしました。個人的な感想ですが、彼らは「日本人」というよりは「アルゼンチン人」でした。話をしていても日本人と話をしている感覚はなかったです。特に3世や4世になってくると日本語もほとんど喋れなく、完全に彼らのアイデンティティーはアルゼンチンにあるなという印象です。(もし、私の考えが間違っているなら、お赦し下さい)。
そして最後の2日間を使い、私たちは首都の観光をしました。歴史ある教会やボカ地区、サッカースタジアムなどを観光しました。またそれぞれの友人や家族にお土産を買い、買い物も楽しみました。そして最終日には空港で宣教師たちと別れ、誰一人欠けることなく日本に戻ってくることができました。
アルゼンチンでの濃密な20日間を過ごした私たちは果たして個々に成長できたのでしょうか。日本とは全く異なる環境下で過ごしたことのみを自慢にしていては駄目であると考えています。この経験から自らの人間形成にどのようにフィードバックするかが今日本に帰ってきた私たちに求められています。その方法は色々あるはずです。アルゼンチンでの経験を家族や友人と話すこと、村の人々のように人に対する温かな心を日本でも持つように心がけること、など日本に帰ってきたからこそ出来ることがあるはずです。単にアルゼンチンに行くだけなら誰でも出来ます。そこで得たことをどのようにこれからの生活に活かすか、ということが私たちには求められてきます。10年たっても20年たっても、今の自分があるのはあの時にアルゼンチンに行ったおかげだなと思えたら素敵だと考えています。
最後になりましたが、今回のボランティアの企画・立案を進めていただいたパウラ先生を始めとして協力していただいた全てのスタッフに感謝の気持ちを送り、この報告書の終わりとさせていただきたいと思います。

1 comentario:

Christina dijo...

とても良い感想文でした。もう一度、むこうでの体験を考えさせられる時間になりました。栗ちゃん、ありがとう!!